ソロモンの偽証 (前編+後編)
本日はこれ。
「ソロモンの偽証」
2015年の映画で宮部みゆきという方の長編推理小説が原作です。
先週前編と後編を一気に見ました。
先に結論から書きます。
”自分の悩みを解消するための裁判ごっこ、見るのが途中から嫌になる裁判やりたいだけ映画”
褒め言葉として見るのが途中から嫌になるというのはありますが、残念ながら今回はただ途中から見るのが嫌になりました。
もう僕の人生で2度と見ることはないでしょう。
今日は血祭りの回です。
あくまで個人の意見なんで悪しからず。
以下あらすじ。
中学校で、一人の生徒の死体が見つかります。
この生徒の死をきっかけに、いじめかあったのか、自殺か他殺かといった話が、マスコミや生徒を巻き込んでどんどん大きくなっていきます。
このまま放ってはおけないと生徒が決意して、学校の教師の反対がありながらも、真相を知るために学校内裁判を開くことにします。
この裁判で明らかになる真実とは?
前編は事件、裁判をする決意。
後編が裁判。
ていう作りです。
そもそも僕は前編、後編と分けてる映画が気にくわないんですよ。
1、2、3、、、と続くのはいいんですよ。
1作品で完結してるんで。
映画ってどこか1本で勝負すべきやと思うんですよ。
あと僕はせっかちなんで前編後編系は余計受け付けない(笑)
まあでも、2つに分けることがベストと製作側が決めたんですから、この映画はこれが正解だったんでしょう。
では本格的にディスっていきます。
まずは登場する中学生。
中学2.3年生って映画で描かれてる程かしこくないですよ。
時代が変わって今の中学生は賢いんですかね?
僕の中学2.3年の頃はアホばっかでしたよ。
映画の中学生は精神面も結構高いし、せめて高校生の設定じゃないと説得力がない。
裁判も割と淡々と進んで、論理も破綻しない。
もうどうでええわってなりました。
あと、この映画では2人死ぬんですけど、
1人は自殺か他殺か、
でも2人目はただの事故なんですよ。
なのにだれだれのせいで2人目が死んだっていわれてもね、運ですやん、ていうね。
で裁判やりたいだけ問題ですけど。
まず裁判をやる理由が最初は警察も学校も調べないから私たちで真実を知りたい、みたいなことなんですけど、それなら裁判なんかやんなくていいから、とにかく調べることを頑張る方がよっぽど真実に近づけると思うんですよ。
まあちゃんと調べてはいるんですけど、裁判のために調べてる感じ。
死んだクラスメイトのため感がやっぱり足りない。あるかもしれないが足りない。
で後編に見えてくる裁判をやる理由が、自分の心の悩みを解消させるために裁判をやったとしか思えないんですよ。
生徒みんなエゴの塊です。
で裁判で判決出した後は警察に突き出すのかというとそういうわけじゃない、ただ知りたいと。
いや、人殺しててもだまってるんすか?
こわっ。
なんのための裁判なんすか?
しかもね、みんな楽しそうに裁判を準備してるんですよ。
クラスメイトが死んでるのに。
判事を決めるシーンとか、
”判事はやっぱり井上くんしかできない”→
”今のは誘導尋問です”→
”異議を認めます”
もう全員ビンタしたい。
”井上くん、今のも書くの?”→
”判事です”
しばきたい。
裁判やりたいだけなんですよ。
劇中でも、”裁判ごっこ”、”弄んでる”と言われてますけど、もうその通りにしか見えない。
ずっと調子乗ってる生徒達に嫌悪感を抱きました。
あと、この裁判の発端である死んじゃった生徒が結構なサイコパスで、これ死んでなかったら将来犯罪犯しそうな子なんですよ。
どんな家庭で育ってん、親の顔が見てみたいわと思ってたら、最後まで両親がでてこない。
なんかねーよくわかんない子で終わっててすっきりしません。
完全に説明不足です。
別にオチもびっくりすることなく、がっかりしました。
演出ももはや笑っちゃいます。
特に下の2つはひどい。
・前編のトラックに轢かれるCGの安っぽさ
・後編の最初の方で、主人公が家を飛び出して、途中で降ってくる雨のわざとらしさ
もうちょとうまくやれないんですかね?(笑)
いろいろ文句書きましたけど、1番の文句は主人公とそのクラスの担任の顔が似すぎてる事です(笑)
最初同一人物なんかな?と思うほど似てて、混乱しました。
キャスティングミスだと思います。
それとも似てると思うの僕だけなんですかね?
是非見る際はチェックしてみてください。
僕からするとほぼ良いとこなしの映画。
茶番劇です。
やっぱりやりたいだけ映画はほんまに嫌いです。
おまけに前編+後編で約4時間半。
つまり時間を返せ。
作品評価
前編+後編 1/5